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tamutomo

Author:tamutomo
娘(2007年生まれ)・息子(2010年生まれ)の2児の母です。息子は太ももに絞扼輪(くびれ)、膝関節以下形成不全で生まれました。8ヵ月の時に絞扼輪(前半分)の形成手術、11ヵ月の時に絞扼輪(後半分)の形成手術・膝関節離断手術を受け、大腿義足ユーザーになりました。

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かわいそうに・・と言われることについて

先天性四肢障害父母のスポーツ大会で聞いた経験談の続きです。

周囲の反応を本人がどう感じたか。小学校では「ロボット」と言われてからかわれることはあったそうですが、それは眼鏡をかけている子が「めがね猿」と言われたり、体格の良い子が「ブタ」と言われたりするのと一緒で、いじめではなく子供同士のじゃれ合いのようなもので、本人もそれ程気にしていなかったそう。それよりも、通りすがりの見ず知らずの老人に「まぁ可愛そうに・・」と言われるのが、とても嫌だったそうです。「自分より、足があってもノロノロ歩きしかできないヨボヨボ老人の方が可愛そうだ!」みたいな事を家に帰ってから言っていたそうです。それと、体育等で「これは出来ないから見学ね」と言われたり、出来るのに「手伝ってあげる」と言われたり、出来ないことを決め付けられるのも嫌だったそうです。

うちの息子の場合は、大人からあからさまに「かわいそう」と言われることはありませんが、公園等で出会った見ず知らずの子供達(小学校生以上)からは「かわいそう」と言われることがあり、一緒に遊んでくれたり、お世話(時に過剰に)してくれたりすることがあります。私も逆の立場だったら「かわいそう」という言葉が思い浮かぶと思うので、皆、何気なく「かわいそう」と言って、奉仕の気持ちでお世話してくれるのだと思いますが、時にそれが本人を傷つけることがあるものなんですね。確かに、本人にしてみたら「普通」のつもりなのに勝手に「かわいそう」と決め付けられて、勝手に「できない」と決め付けられて過剰にお世話されて、「バカにするな」という感じですね。

今後、息子が大きくなって、「かわいそう」という発言を「親切」と捉えるか「弱者扱い」と捉えるか、「お世話」を「有難い」と感じるか「余計なおせっかい」と感じるか、分かりませんが、かわいそうと思われたり、お世話されたりすることが、息子に興味を持ったり、仲良くなったりする切っ掛けになるのであれば、それはそれで良いのではないかと思います。そして、付き合いが深くなるにつれて周囲の「かわいそう」という先入観が薄らいで、自然な友人関係を築いていけたらいいなと思います。

また、その他の周囲の反応について、疑問を持ったり、劣等感を感じたり、偏屈になったり、強がったり、いろいろすると思いますが、それを乗り越えて心豊かな人間に成長していって欲しいと思います。


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コメント

僕は可哀想と思われるのは仕方ないと思ってます
中学の時には耳の聞こえない子がいて、僕は絶対音感あって、ピアノや楽器が出来て音楽の楽しさを知ってて、こんな楽しい事を知らないなんて可哀想だと思いました
その子はその子で、片足は色々と不自由で可哀想だと思ってたそうです
それと出来ないと勝手に決め付けられるのは嫌でしたね
周りがどう思うか理解してても、ハナから相手にすらしてくれないのはいい気分じゃなかったです
例えばハードル
決め付けで出来ないと、勝手に見学させられそうになりました
でも赤ちゃんの時から一緒の子が、先生に出来ますよと言ってくれて、する事が出来ました
思いの外速かったので、板バネが卑怯だと冗談めいた事も言われました
その子はやれば出来る事を知ってくれてたから、本当に感謝してます

Re: タイトルなし


やすとさん

コメント有難うございます!

そうですね、何を可哀想と思うかどうかは、それぞれの価値観によりますからね。
けど、やすとさんの身近に耳の聞こえない子が居たというのは、良い環境だったかもしれませんね。他の障害を知る事で、自分の障害を客観的に捉える事が出来るようになるのかもしれませんね。

息子は、先天性四肢障害児父母の会でそんな気付きの機会を得られるかもしれないと今、思いました。今までは、父母の会では仲間探し、情報収集という関わり方をしていましたが、逆に、自分とは違う障害を知る事においても良い場となりそうです。

息子も端から出来ないと思われる事あります。それで幼稚園選びの時に手こずったりした訳ですが、、最近行ったサッカー教室の体験でも、ストレッチの段階から「無理しなくていいよ」と言われたり、ボールの足技の練習でも「出来ない子は手でやってもいいです」と説明があったり。息子を気遣って言って下さっているとは思うのですが、息子は息子で、手を使って良いと言われたら、手を使うんですよね・・。それはサッカーではない!けど何回か通う内に、息子も足でのボールの扱いが何となくできるようになり、先生も「手を使ってよい」とはあまり言わなくなりました。義足での活動レベルを知らないと、どうしても「無理しないで」という気遣いが働いてしまうんですよね。もっと義足能力の認知度が上がると良いですね。

やすとさんは、クラスメイトに幼馴染がいて、且つその子がちゃんと発言できる子で良かったですね。なかなか自分からは「できます!」とは言いずらいですからね。

うちの息子は、見た目の問題もあるので、体育の時に板バネを使うかどうか、本人の意思に任せようとは思っているのですが、ズルイと思われる位、上手く扱えるようになると、運動の幅も広がるし、自信にもなったりで、色々と道が開けてきそうな気がします。





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