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tamutomo

Author:tamutomo
娘(2007年生まれ)・息子(2010年生まれ)の2児の母です。息子は太ももに絞扼輪(くびれ)、膝関節以下形成不全で生まれました。8ヵ月の時に絞扼輪(前半分)の形成手術、11ヵ月の時に絞扼輪(後半分)の形成手術・膝関節離断手術を受け、大腿義足ユーザーになりました。

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ブログ制作の切っ掛け

子供の義足について情報が少なく暗中模索な日々を送っていたとき、とても参考になったのが、義足のお子さんを持つ方のブログでした。いろんな方のブログを拝見して、情報収集もできましたし、時に共感して涙したり、励まされたり、勇気付けられたりしました。それで私も息子の義足に関するブログを立ち上げようと思ったのでした。息子の足の動きを記録した動画や、義足の情報、本人・周囲の気持ちの変化(成長過程?)等をゆっくりとですが、アップしていきたいと思います。

このブログが同じような境遇の方の参考になったり、また、娘や息子が足のことで(娘にとっては弟の足のことで)嫌な思いをしたり、悩んだり、苦しんだりした時に、少しでも励みになればいいなと思っています。


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息子8ヵ月頃になるまで暗中模索

整形外科の診察で一旦疑問を解決できたものの、その後次々と新たな疑問が沸き、息子がお座りできるようになる8ヵ月頃まで暇さえあればネット検索の日々でした。医師に原因不明と言われても、やっぱり息子の障害の原因が知りたくて絞扼輪症候群について調べたり、息子が今後どのような動きができるのか知りたくて動画を探したり、どのような義足があるのか調べたり、知りたいことが沢山ありました。でも結局、絞扼輪症候群についても明確な原因が見つからず(詳細は先天性絞扼輪症候群についての症状・原因をご参照下さい)、切断部位が同じ子供の動画があまり無かったり、見たこともない義足について調べてもピンとこなかったり、結局解決できないまま時間ばかり過ぎていきました。二人目の子供なのに先行きが見通せず、暗中模索な感じでした。

しかし、息子がお座りできるようになって、ハイハイできるようになって、つかまり立ち、伝い歩き・・と、いろいろな動きをマスターしていく内に、「な~んだ、義足でも結構できるじゃん!」と心配が薄らいでいきました。実際に義足を使い始めてからは、義足のこともそれなりに詳しくなって、ネットに頼ることは少なくなっていきました。

絞扼輪症候群という病名を聞いたとき

産院から退院してすぐに大きな病院の整形外科で診察を受けることができました。そこで初めて病名は先天性絞扼輪症候群であると聞かされました。私が産院に入院している間に、主人が息子の症状に当てはまりそうな病名をネットで検索していたので、医師からその病名を聞いた時は「やっぱりそうか」という感想でした。

そして、思いつく限りの質問事項をメモした紙を手に、根掘り葉掘り質問しました。医師からの回答でホッとしたのは、「義足を使って歩けるようになる(幼稚園入るまでには必ず)」「今の所痛みは感じていないだろう」「この障害は原因不明で遺伝性はない」「太もものくびれが原因で膝下が形成不全になっていると思われる(障害は一つである)」「左足以外に整形外科的な疾患はなさそう」ということでした。気になっていた手術や義足作成のスケジュールについては経過を見ながら判断するとの事で、その時ははっきりとした回答を得られませんでしたが、それから3ヵ月後に受けた2回目の診察で今の主治医に変更となり明確なスケジュールを教えて頂けました。

1回目の診察を行った医師は役付のベテラン医師で、一見ぶっきらぼうな感じがしましたが、質問してみると的確に欲しい情報以上の答えを返してくれるといった感じで、さっぱりしているけれど信頼できそうな医師でした。そんな医師から息子の障害について「大した障害ではないし、障害というよりお腹の中で事故にあったようなもの。将来自立させることが子育ての目的であるので、足のことに囚われすぎて本来やるべき運動・行動をさせないのは良くない。あまり足のことに引きずられないように。」と言われ、その通りだと思いました。幼少期や思春期に足がないことで本人が悩んだり苦しんだりするかもしれないけど、大人になってしまえばきっとそれ程気にならなくなるはずと、遠くの未来を想像して一層前向きになりました。

自分で義足をつけようとする(1歳8ヵ月頃)

1歳8ヵ月頃から、義足を見ると、お風呂上りでも「つける」と言い出したり、ちゃんと障害側の足にライナーを履こうとしたり、ソケットに断端を入れたりするようになりました。ただ、ライナーは靴下みたいに履こうとするので、自分で履くのはまだまだ無理です。

ライナーを健足側に履こうとする(1歳6ヵ月頃)

1歳半頃から「アシ」と言いながら、ライナーを靴下みたいに履こうとするようになりました。ただ、健足側なのですが。。それと、今まで義足を付ける時に、押さえつけられるのが嫌なのか逃げようとしていたのですが、「足つける?」と聞くと自分から来る時もでてきました。義足をつければ歩けることが分かるようになってきた感じです。

この頃だったと思いますが、ある日の朝、義足を履かせようと義足を手に取ったら、ソケットから息子が大好きな「機関車トーマス」の小さなおもちゃがポロッと出てきた事がありました。唯一の(?!)自分の物である義足だから安全だと思って、そこに大切なトーマスを隠したのか(いつもお姉ちゃんにおもちゃを奪い取られているので)、毎日遊びたいおもちゃだから毎日使う義足に入れたのか、ただ単に入れる穴があったからそこに入れたのか分かりませんが、ププッと笑ってしまいました。

形成不全側も足と認識?(1歳2ヵ月頃)

義足のおかげか、「足は?」と聞くと健足側の足を差し出すのは変わらないのですが、「反対は?」と聞くと障害側の足を上げたり指差したりするようになりました。義足を取った後でも同じ反応をするので、形成不全側も足なのだということが分かったのかな?

足は?というと健足側(1歳頃)

言葉が少し分かり始めた頃、「足は?」と聞くと、必ず健足側の足を差し出したり、指差したりすようになりました。形成不全側は足と認識していない??それとも差し出しにくいから??

不思議そうに足を見つめる(8ヵ月頃)

お座りできるようになった頃から、自分の形成不全の足を見つめたり、モミモミ手でもんだりするようになりました。不思議に思っていたかは定かではありませんが、健足側はそんなに見つめることは無かったので、何か気になるポイントがあったのだと思います。プニプニしている感触が面白かったのかもしれません。

産院入院中の気持ち

<息子に対して>
分娩翌日から母子同室となる産院だった為、食事や育児指導を受講している時間以外は殆ど息子といっしょに過ごしました。分娩室で主人と「立派に育てよう」と誓った時から気持ちは前向きで落ち込んでいた訳ではないのですが、「ちゃんとした足に生んであげられなくてごめんね・・。」と思うと涙が止まりませんでした。意外と昼間、息子のお世話している間は「足がどうであろうと、かわいい」という気持ちが先立ったり、息子に涙を見せたくなかったりで(まだ目も見えていないかもしれませんが悲しんでいる様子を見せたくなかったので)、あまり自責の念にかられることは無かったのですが、夜暗くなって眠りにつく頃に、息子に申し訳ないという気持ちが込み上げてくるのでした。しかし、入院中にその涙も次第にでなくなり「息子に申し訳ない」と思う気持ちは残りましたが、退院する頃には夜に涙することは無くなりました。

その他の気持ちとして「他にも障害があるかも・・」という不安がありました。息子は、計画無痛分娩だった為、予定日より約1週間前に陣痛促進剤を使って出産し、2522gと小さく生まれました。そのせいか、お姉ちゃんと違って母乳もミルクもあまり飲んでくれず、排尿も生まれてから24時間経っても無かったので、膀胱や消化器系に障害があるのではと心配していました。夜中でも、息子がちゃんと息をしているか確認したり、寝ぐずって泣いているだけなのに、どこか痛くて泣いているんじゃないかと心配したりしていました。

こんな風に「ごめんね」やら「かわいい」やら「心配」やら、いろんな気持ちが入り乱れていましたが、生まれてくれた事に感謝する気持ちや、立派な成人に育てようという意欲は、日に日に強くなっていきました。


<身内に対して>
涙・涙の関係でした。身内に息子の障害のことを電話で打ち明けると、電話口ですすり泣くので私ももらい泣きしたり、あまりのショックで落ち込んでしまった身内に対しては、「せっかく生まれたのにどうして喜んでくれないんだろう・・」と悲しくなって泣いたりしていました。今思うと、身内なだけに、今後を心配したり、不憫に思ったりする気持ちが強かっただけなのですが、産後のホルモンバラスの影響か、その気遣いを「生まれたことを喜んでもらえていない」ように感じたのでした。

<主人に対して>
主人には分娩日に一晩泊まってくれたこと(勤務先の忘年会があったのでそっちに行っていいと私は言ったのですが)、毎晩会社帰りに産院に寄ってくれたことに感謝しています。気遣いがとても伝わってきました。

<友人に対して>
友人が素直に「おめでとう」「お疲れ様」とお祝いしてくれたことや「きっと私を選んで生まれてきたんだよ」とメールをくれたことが、とっても嬉しかったです。

<人の目に対して>
自室で泣いている事を病院関係者や他の入院患者に悟られない様に、強がって入院中は努めて明るく振舞っていました。

また、食事の時に同じテーブルに座った方々に息子の障害のことを話そうかどうか迷ったりしていました。産後の会話といえば、殆どが分娩の話か子供の話なので。でも里帰り出産だった為、退院後はもうお会いする機会は無いかなと思って打ち明けませんでした。

息子の足を見られる事に関しては、あまり気になりませんでした。そもそも、産院は全部屋個室だったのと、息子の足には包帯が巻かれ(毛布がはだけても足が見えないように)、そしてガラス張りの新生児室では外から見えない位置に置いて頂いたので、他の入院患者や外部の方から息子の足が見られることがありませんでした。私自身は足を見られても良かったのですが、奇妙な足の形を見て不快に感じる人もいるかなと思い、そのような取り計らいにして頂いたのでした。沐浴指導は、経産婦の場合、何名か合同で、自分の子を助産師さんが洗うのを見るという内容でしたが、私だけ日時の連絡がありませんでした。あえて問い合わせませんでしたが、恐らく産院の取り計らいで、他の方に息子の足が見られないように、私の沐浴指導は無しとなったのだと思います。通常集団で行う母乳指導や食事も自室で個別に受けても良いと産院から気遣いを受けましたが、特別対応を受けるのが何だか嫌だったので、通常の扱いとして頂きました。他の入院患者さんといっしょに受けた母乳指導は、息子が2522gと小さかった為、両足とも洋服に隠れていたのと、他の方も自分の授乳のことで手一杯で周りを見ていなかった為、気づく方はいなかったと思います。そんな訳で、息子の足を見られる事に関しては、あまり気にせずに過ごすことができました。

手術1回目の画像


★手術前の画像★←クリックで表示

★手術後(手術の約3ヵ月後)★↓画像クリックで拡大
手術1回目の両足  手術1回目のアップ1  手術1回目のアップ2  手術1回目のアップ3

手術1回目のお座り1  手術1回目のお座り2

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